随想「東洋医学」
東洋医学、とりわけ鍼灸医学では「気」と呼ばれるエネルギーを利用して病を治癒に導きます。
「気」は確実に存在するものですが、実体が見えないため、様々な捉え方がされています。
最近の科学では量子的なものと捉えています。
眼に見えないエネルギーというのは、電気、電磁波、放射線、エックス線など、他にも様々なものがあります。
風力エネルギーである「風」も目に見えません。
「気」は3000年もの昔から、自然界に満遍なく行き渡っているエネルギーとして、私たち東洋人には馴染みの深いものです。
気を上手に扱えば、病を治し、心を癒し、健康を維持増進させることができる。
と言うのが東洋医学の考え方です。
ここからは気という存在を認めた上で、しばらくお付き合いください。
世界に広がる長野式鍼灸治療
欧米諸国では鍼灸の研究が非常に盛んです。
東洋医学、鍼灸で健康の維持、増進はもちろん、これまで手を拱いていた、難病の治療にも期待が持たれ、多くの人が利用する医学となっています。
鍼灸治療には様々な流派があります。
当院では、「長野式鍼灸治療」「岐子スタイル」と呼ばれる治療システムを採用しています。
私は、40年ほど鍼灸の様々な療法を学び、研究して来ました。
とても治療とは言えないものから、古臭くて現代人にはどうかな…と思えるもの、それから私にはよく理解できなかったものなど、様々あります。
その中で、選んだのが長野式治療でした。
東洋医学の背景には西洋とは異なる思想があるために、東西の医学の融合は甚だ難しいのですが、故長野潔先生が作り上げたこの治療体系は、すでにそれを可能にしています。
長野式理論を継承し、アメリカで活躍している松本岐子女史は、日々の診療の傍、ハーバード大学医学部で鍼灸の教鞭を執っています。
長野式治療はいまやアメリカだけでなく、ヨーロッパやブラジルでも広く支持されている治療法です。
鍼灸の起源と我が国の鍼灸
鍼灸は、中国では2000年の歴史を持ち、7世紀に遣隋使、遣唐使によって日本に伝えられました。
スイス国境の氷河で見つかった5000年前の人間、「アイスマン」の体には鍼灸治療で使うツボに相当する部位に刺青があり、科学者によるとツボを刺激する治療というのはその時代からあったということです。
周りには自然しかない時代に、その生活のなかで自然発生した治療がツボ療法であり、気の遠くなるような時を経て、現代に生かされているものです。
飛鳥時代に我が国に伝えられた鍼灸ですが、後の我が国の鎖国体制によって、中国医学からの情報は途絶えました。
しかしその結果、日本人の体質や文化にあわせた「日本独自の東洋医学」が確立するに至ったのです。
我が国で行われる鍼灸治療は、中国の鍼医の行う鍼灸と違い、日本人の体質に適した繊細な刺激法になります。
鍼というとどうしても物理療法として捉えている医師、鍼灸師が多くおり、したがって鍼も必要以上に太いものを使用したがります。
気の性質を良く知る治療師は、気を操作するために鍼というツールを使用するので使用する鍼は比較的細く、必要以上に深刺しはしません。
強い刺激が効果を上げるというというのは、気が量子であるという現代的解釈からすると、逆向きの発想になるような気がしてなりません。
日本人の繊細な心体、とくに昔のように体を使うことが少ない現代人には、強い刺激は必要ないと思われます。
昭和から平成、20世紀から21世紀になり、日本人の身体と心はかなり変化しています。
それに伴って、人々が患う病の傾向も変わりました。
私自身も鍼刺激の質が自然に変化(微弱に変化)したことを、治療で実感しています。
鍼灸は治癒を促す作用がある治療法
私たちには自然治癒という力があります。
なので、身体に異常が生じても再び元の状態に復帰するのが普通です。
ところが、いつまでも症状が消えなかったり、病が治らないということがあります。
これはつまり、自然治癒を妨げる何かしらの理由が、起きているというわけです。
私たちが健康を維持し、元気に活動することができるのは、自律神経系、内分泌系、免疫系がそれぞれ正常に働き、またそれぞれが協力しあっているからです。
これらは脳の指示に従って活動しているので、ストレスや心の持ちようによっては脳の正常な活動を鈍らせ、バランスを崩したままの状態になります。
そこから、様々な症状となって警報(症状)を鳴らします。
どのような警報になるかは、人それぞれです。
それはこれまでの生き方、考え方、そして現在の態度が決めるのです。
視点の違い
なぜ病気になったのか、なぜ怪我をしたのか、それは情動やストレスといった心の状にまでさかのぼらなければなりません。
これらは東洋医学では「気」が乱れている状態です。
様々な病や症状の原因とされる疲労も、最近の研究で実際に筋肉が弱るのではなく、犯人は「疲労感」であり、体をいじめるほどに動いても、実際にはまだまだ活動できる状況だそうです。
「これ以上はいやだ」という心に声が、疲労感をクローズアップさせ、体を動かしにくい状況を作るのです。
しかし、どんなに疲れていても、いざというときには、脳はリミッターを外し、想像を超えるパフォーマンスを発揮します。
鍼灸治療は身体に張り巡らされた「経絡」というルートに流れる「気」の流れをスムースにします。
そうして情報ネットワークが正常化され、自律神経系、内分泌系、免疫系が正常な状態を取り戻し、自然治癒を促します。
鍼灸治療の基本的考え方
身体の具合が悪く、ひとたび病名がついてしまうと、病名にばかり意識が行くものですから、〇〇病には△△といった短絡的な治療を求めがちです。
病名や症状名を対象に行う治療では、そのような病・症状に至った「人」という視点が抜けています。
病はあくまでもそれぞれ体質、プロフィールの違った個人に起こる出来事ですから、誰一人として同じ症状、病状ということはありません。
病や症状は突然、身体に取り憑くわけではありませんから、病に至る背景には、「その人」の体質や習慣、環境や考え方というものが強く影響します。
寒い環境にいても風邪をひく人とひかない人、インフルエンザが流行ってもかかる人とかからない人がいるのはそれぞれ持っている土台が違うからです。
誰一人として同じ体質、性質の人はいません。
治療は一人一人に見合ったものでなければなりません。
どこをどのように治療するか、症状から図るだけでは情報不足なのです。
東洋医学的診断によって導き出す必要があります。
西洋医学の検査は細かく精密ですが、せっかく出した精密なデータを大枠に当てはめてしまいます。
いちど病気、病名が決まれば、治療法が決まっているため、患者さんの性格や性質、体質は意識しません。
鍼灸施術では、同じ場所の同じような症状であっても、また同じ病名であっても、個体の土台が違うのですから、選ぶツボや、調整すべき経絡(気の流れるルート)が異なります。
そういうわけで、病を治したいのが現代医学、人を治したいのが鍼灸医学といったところでしょう。
ここ数年、痛みや疲労の原因を、背骨や骨盤の歪みが原因だとする傾向がありますが、骨格が歪むのは筋がバランス悪く緊張するからであり、その筋の緊張は自律神経や内分泌系、免疫系の失調が原因です。
痛みや疲労の犯人を背骨や骨盤だけにとどめてしまうと、本当の原因に治療が及ばないないため、回復が遅れたり、治るきっかけを見失うことになるかもしれません。
まれにそれで調子が良くなる人がいます。
なぜなら人間にはもともと回復する力、自然治癒という力があるからです。
最初からその自然治癒の力を増進させるような治療、施術を行うべきでしょう。
免疫系、内分泌系、自律神経系すべてに、同時に効果的な刺激を与えることができるのが「気の医学」である鍼灸治療の素晴らしいところです。