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「私」というもの

ここはあまり訪問者もなく、多くに見られることもないようなので、メモとして書き留めておく。

 

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私は誰?
「私」を説明出来るか?
通常、「私」を説明しようとすると、
「私」以外の何かで説明することになる

言葉によって説明する場合
「私」は、わたし以外の情報と絡めないと特定出来ない

私を説明しているつもりが結局は、その対象を説明することに終始してしまう
あえて説明するとすれば点のようなもの
「私」とは点であると言っていいだろう

点というのは概念であり、この世界に存在しない
存在しないが明らかにそれは「ある」し、基準となっている

基準となっていると言えるのであれば、
その基準点は何処か?

それは「ゼロ」である

「私」がいるところそれはゼロ
座標軸のゼロである
3Dの座標軸のゼロ
そして今どちらを向いているかで、状況が生まれ固定し(記憶)、変化する

状況に応じて「私」は様々と変化するのだが
考えてみると行動というものは、状況に対する反応であるということは明白である
行動を取るということは能動的、出発点が自分にあるように思えるが、すべて状況に対する自ら起こす反応である

思い立って行動する
「思い立つ」が始まりと感じるが、何かに反応してから思い立つのである
すべて受動的な行為である

免疫系も自律神経系もホルモン系も皆同じで
情報系と物理系の刺激に対し、身体反応が起きる
人という情報はそのように反応するようになっている

三次元空間であれば座標軸は縦・横・高さ
自分のいるところがゼロであり
そこから関連する方向に伸びる軸が縁起であり
縁起の数(軸の数)と、縁起との関わりの深さ( 軸の長さ )が「私」の宇宙である
縁起同士も関わり合いを持つため、3D空間( 宇宙 )となる

この自分の宇宙のどこにいても自分の位置はゼロである
他人、他の情報との関わりで関わりあっている位置が変わるだけで自分はいつもゼロの基点にいる

他人と関わること、コミュニケーションをとることは、他人の宇宙と関わる( 情報の共有 )ので、三次元空間で交わる

「私」というものは、無いくせに「在り」、
「私」が基点であり、今どちらを向くかを決めている

どうやって決めているかという問題が出てくる
これは「私」、それぞれの「私」に載っているシステムによる

教育や洗脳、過去の記憶、経験によって書き込まれ、書き換えられ、今持っている「私」のルールに則って機能する

過去によって今が出来上がるのであれば、
未来によっても今を変えることが出来る
過去というものは、その時の今である
未来もその時の今

未来をどのように設定するかによって、
今が変わる 過去も変わる
過去をどのように解釈するかで今が変わる 当然未来が変わる

未来と過去は「今」が思うこと
つまり、過去と未来は「今」存在するものであり
そのほかのどこにもない

そこに行けたとしても、それは今である

仮に自分の宇宙( スペース )は楕円体として、中心にいる自分の位置が常にゼロ点になるように演技の軸は綱引きをしている

このときのゼロ点は絶対零度で震えるヘリウムガスのようなもの
プラスマイナスゼロである

何故エネルギーゼロの絶対零度で震えるか…

そう、観測者が影響を与えるから
「私」は周りの影響によって震え、運動する
相対し、運動し、やっと存在が認められる

在るようで無い、無いようで在るのが「私」

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